ヨーゼフ・ボイス/Joseph Beuys

ヨーゼフ・ボイスのアートスタイル

 

参照元:https://commons.wikimedia.org/wiki/Category:Joseph_Beuys

表現形式

  1. 絵画
  2. 彫刻(造形)
  3. 写真
  4. 映像
  5. 音楽
  6. インスタレーション

表現ジャンル

  1. フルクサス
  2. バイオアート
  3. グラフィティ・アート
  4. コンセプチュアル・アート

ヨーゼフ・ボイス作品の特徴と魅力・評価ポイント

ヨーゼフ・ボイスのサイン
参照元:https://commons.wikimedia.org/wiki/Category:Joseph_Beuys

ヨーゼフ・ボイスとはどのようなアーティストだったのか?そして作品の特徴と魅力をひもといてみました。

特徴と魅力 

「ヨーゼフ・ボイス/Joseph Beuys」1970~80年代に活躍した現代彫刻家です。

当時の社会を挑発するパフォーマンス「アート・アクション」でよく知られています。

 

たとえば「私はアメリカが好き、アメリカも私が好き(1974)」では

タイトルとは裏腹に痛烈なアメリカ現代社会への批判を表現しました。

 

(ドイツからアメリカに入獄した後一切アメリカ人と接触せずに先住民の象徴「コヨーテ」と数日間過ごした後またドイツに戻る、というパフォーマンス)

 

そして没後40年近く経過した今なお、ボイスのカリスマ性は健在で、2019年国内で公開された映画(2016年ドイツ制作)

「ヨーゼフ・ボイスは挑発する」

はアートファンを中心に大きな話題を呼びました。

この映画でフィッシャーマン・ベストとフェルト帽姿のボイス 

(このふたつのアイテムがボイスのトレードマーク)を記憶している方は多いのではないでしょうか?

 

またボイスといえばセンセーショナルなパフォーマンスをイメージする人も多いでしょう。

1980年代すでに環境問題に警鐘を鳴らした社会派アーティストでもありました。

現在展開されている現代アート作品の多くのテーマは、すでにボイスがその名も「社会彫刻」と呼ぶ作品で実践されています。

  • 「今は民主主義がない、だから俺は挑発する!」
  • 「全ての人は芸術家である」

などのボイス語録で知られる通りボイスにとって、芸術活動=社会活動であり、すべての人が参加すべきものであったのです。

 

また実はボイスは日本と縁が深いアーティストで、

など来日時には精力的に活動し多くの日本人の記憶に残りました。

評価ポイント

ボイスは彫刻や絵画などの具体的な作品よりも、「アクション」と呼ぶパフォーマンスが人々の記憶に残っているアーティストです。

これまでボイスによる「挑発」はアートの名を借りた中途半端なパフォーマーに過ぎないという見方もありましたが、現在では戦後最も影響力を与えたアーティストと再評価されています。

その証拠に母国ドイツでは毎年のようにボイスの個展が開催され、クリスティーズやサザビーズでボイス関連出品が登場しない年はありません。

今なおアート界を中心に影響力を持ちづけるカリスマ性はどこに起因するのでしょうか?

 

ボイス最大の功績は、アートの限界を取り払い、社会とリンクしたアート活動を提唱したことです(「社会彫刻」「拡張された芸術概念」)。

 

「エコ」の視点に立った行動を選択することが主流となった今、ボイスが遺した自然保護・世界平和へのメッセージが大きな意味を持っているからです。

また世界のアート界のけん引役アメリカでもボイスへの注目度が衰えることがなかったのは、現代アートの先駆けとも言えるボイス作品の先駆性に構成のアーティストがリスペクトしたことによるところが大きいのです。

たとえば20世紀最大のポップアートの旗手アンディ・ウォホールは大量のボイス関連作品を残しています。

 

※2018年10月5日にロンドンで行われたサザビーズオークションでも「アンディ・ウォーホルJOSEPH BEUYS(DIAMOND DUST)」は

802,000ポンド の高値で落札

https://www.sothebys.com/en/auctions/ecatalogue/2018/contemporary-art-evening-auction-l18024/lot.32.html

 

そしてボイスはアーティスト活動と劣らぬ熱意で社会活動に取り組み「緑の党」設立ほか政治活動を行ってきました。

ボイスが生きた時代の歴史の動きを知っておくとより深くボイスを理解することができるでしょう。

ヨーゼフ・ボイスのプロフィール

「画家ではなく医者を夢見ていた」幼少期

1921年 ドイツ クレーフェルトで生まれ田園地帯の街クレーヴェで幼少期を過ごす。

裕福な商人の一人っ子として不自由ない生活を送るが両親の愛情は乏しかった。

将来は医者になろうと考えていたが、その一方著名な芸術家「アキレス・モートガット」と親交があった。

また彫刻家ヴィルヘルム・レームブルックに大きな感銘を受けている。

そして(当時のドイツ中産階級の少年としてはごく当たり前の行動として)「ヒトラーユーゲント(ナチス青少年団)」に参加している。

「多感な青春時代を戦争で塗りつぶされた」青年期・学生時代

1941年 ドイツ空軍に入隊。

1944年 ウクライナのクリミア戦線の上空で墜落事故にあう。

現地の遊牧民(タタール人)が羊やラクダの脂肪を傷に塗り、さらにフェルト布で彼の体を温めて手当てした。

この時の経験が後のボイス作品に大きな影響を及ぼし、ボイス作品の2大素材がフェルトと脂肪であるゆえん。

フェルトと脂肪は戦場で生き残るために大きな役割を果たし、ボイスにとっては生命再生の象徴となった。

 

※このタタール人のエピソードは当時の記録から判断するとボイスの創作の可能性が高い、という意見がある。

しかしボイス自身は「それは事実だ」と主張している。

 

  1. 「グランドピアノのための等質浸潤(ピアノをフェルトでカバーした作品)」
  2. 「脂肪の椅子(椅子の座面に蜜蝋を積み上げた作品)」
  3. 「ジョッキー帽(防止の中を脂肪で満たした作品)」

 

などがある。

 

復員後は2年ものあいだ重い鬱病に苦しむ。

回復後は水彩画やドローイングを描き始めデュッセルドルフ国立美術館の彫刻プログラムに参加。

彫刻家の道を進むことを決意。

「大学教授の職を捨てても信ずる道を進む」創作初期

1961年 デュッセルドルフ芸術アカデミーの彫刻科教授に就任。

このころから蜜蝋や動物の脂肪、そしてフェルトを素材にした彫刻作品や「アクション」を発表。

同じ時期ボイスは短期間1960年代の前衛芸術運動「フルクサス」に参加。

ビデオアートのパイオニア「キムナムジュン・パイク」他多くのアーティストと親交を深める。

1963年 「フルクサス・フェスティバル」に参加

1965年 「死んだウサギに絵を説明する方法」を発表

1972年 大学側との意見対立によって解雇。

学生たちからの支援を味方にして大学側との裁判に勝訴。

かつての教室をそのまま使用しボイス主宰による「自由国際大学(通称FIU。ゲルハルト・リヒター他ドイツ美術界の重鎮が学んだ)」の拠点とした

「社会性を増したボイスの創作活動」創作中期

ボイスは現実社会とみずからのアートを結び付ける新しい芸術概念「社会彫刻」を打ち出した。

より具体的な行動を選択した結果、よりセンセーショナルなパフォーマンスが実行された。

1974年 「私はアメリカが好き、アメリカも私が好き」実行

「エコ活動と作品の融合を目指した晩年」創作後期・現在

晩年のボイスは自然保護そして政治活動に熱心に取り組んだ。

活動の資金を得るために来日してニッカウヰスキーのCMに出演することもいとわなかった。

1979年 ニューヨークのグッゲンハイム美術館で「ボイス回顧展」開催

1980年 ストックホルム王立美術アカデミー会員に選出

1981年 妻のエヴァ、娘のジェシカ、アシスタントともにポーランドのウッチ美術館に車で自作品数百点を運び寄贈。

当時ウッチ美術館は東側圏で唯一の国際的な美術館だった。

この一連のパフォーマンスは「ポーレン・ポランスポート」と呼ばれている。

1986年 1月23日に故郷デュッセルドルフで心不全により亡くなる。

数日前に「ヴィルヘルム・レームブルック賞(ドイツを代表する彫刻家ヴィルヘルム・レームブルックを讃えた賞)」を受賞したばかりだった。

ヨーゼフ・ボイスの代表作

ベルリンにあるボイス作品「クラフトの革命はクラフトから生まれ、クラフトの革命はクラフトから生まれる」参照元:https://commons.wikimedia.org/wiki/Category:Joseph_Beuys

死んだウサギに絵を説明するには

野ウサギの死骸を抱くボイスを写した写真作品。

「ヨーゼフ・ボイスは挑発する」では、うさぎの死体を絵に触れさせるボイスの姿が残されている。

コヨーテ 私はアメリカが好き、アメリカも私が好き

ヨーゼフ・ボイスの作品の中でも最も有名なもの。

フェルトに包まれたボイスとコヨーテとのコミュニケーション以外の一歳のアメリカとの接触を排除した作品。タイトルとは全く裏腹なアメリカへの先住民文化蹂躙の歴史への痛烈な批判が込められている。

Stadtverwaldung(都市緑化、7,000本の樫の木プロジェクト)

ドイツ小都市カッセルで行われている5年に一度の現代美術の大型グループ展「ドクメンタ(ボイスが参加したのは7回目のドクメンタ7)」への出展プロジェクト。

7000本の樫の木の植林を5年がかりで行うというプランで、木と木のあいだには石柱が置かれている。

ボイスはこの試みを「アート・アクション」と呼んだ。

ヨーゼフ・ボイスの市場価格・オークション落札情報

「OHNE TITEL(GEIST NATUR)」 802,000ポンド 

心と自然、を意味するタイトルの25×47.1 cmの紙に描かれた鉛筆画

2018年10月5日  サザビーズ/ロンドン

「ボイスによる フルクサスオブジェクト」 338,500ポンド

ゴム製リングに通したホウキを乗せた段ボール箱

その前に金属製のシマウマを引くカウボーイのおもちゃ

2015年10月16日  クリスティーズ/ロンドン

「Chikago」 1,207,500米ドル

128.9×189.5cm 黒板にチョークで書かれた作品。

2017年5月17日  クリスティーズ/ニューヨーク

ヨーゼフ・ボイスの作品と出会える場所

参照元:https://commons.wikimedia.org/wiki/Category:Joseph_Beuys

カスヤの森現代美術館(神奈川)

2019年に「ヨーゼフ・ボイス展」を開催

http://www.museum-haus-kasuya.com/

豊田市美術館(愛知)

「プライト エレメント」「ジョッキー帽」ほか収蔵

https://www.museum.toyota.aichi.jp/collection/joseph-beuys

 

※国内最大のヨーゼフ・ボイスの作品・資料のコレクションを所有していた「里現代美術館(山梨)」は2014年に閉館

ヨーゼフ・ボイスの最新トピックなど

ポーレン・ポランスポートの作品のひとつ 参照元;https://commons.wikimedia.org/wiki/Category:Joseph_Beuys

祖国ドイツでは回顧展が開催されない年はないほど、ドイツ国民にとってボイスは敬愛すべきアーティストです。

 

※2021年レンブルック博物館にてヴィルヘルム・レームブルックとの合同展開催予定

 

その大きな理由として、戦後世界を生きるドイツ人の宿命「ナチスドイツ」という負の遺産への意識の共有が挙げられます。

ヒットラーユーゲントとして、また連合国側と交戦した兵士としての経験を持つボイスは自戒を込めるかのように

「(アートには)世界をより良いものに変える力がある」

とみずからの人生で得た真理を作品を通して訴えてきました。

長くナチスという負の過去と対峙してきたドイツ国民のボイスというアーティストへの共鳴なのでしょう。

 

また日本国内においてもボイス崇拝者は健在のようで、弟子だった「ブリンキー・パレルモ」の二人展

 

ボイス+パレルモ (仮)

 

2021年1月16日(土)~3月7日(日)まで国立国際美術館 (大阪)で開催される予定です。

新旧あわせたボイスファンにとっては、今後も様々なイベントでボイス作品と出会うチャンスが続きそうです。