アンディ・ウォーホル Andy/Warhol

アンディ・ウォーホルのアートスタイル

アンディ・ウォーホル作品の特徴と魅力・評価ポイント

特徴と魅力 

銀色のウィッグがトレードマークのアンディ・ウォーホルは、「ミスター.ポップアート」として現代アート、ポップアートの頂点に君臨してきました。

キャンベルのスープ缶やコカコーラ、ハンバーガー

マリリン・モンローや毛沢東、モナリザ

これらをテーマにした版画やシルクスクリーン作品がよく知られています。

アンディ・ウォーホルの魅力は、その創作活動の多様性にあります。

キャンパスに描かれた絵画やシルクスクリーンの2次元世界に飽き足らず、映像や音楽のプロデュースにも意欲的でした。

まだパソコンが登場する前の時代から、コンピュータを使った表現に興味を持ち、死後コンピュータアート作品が発見されています。

その一方私生活はスキャンダラスそのもので、「ファクトリー」と呼ばれたアトリエはドラッグを求めてやってくるセレブたちであふれました。

またヴァレリー・ソラナスというフェミニストに銃撃されるという事件もありました。

そんな華やかだけれど空虚なウォーホル本人のイメージ、そして大量生産されるポップアートの見本のようなウォーホルアート。

これらが奇妙な相乗効果を持ち、見る人の心をつかんで離しません。

評価ポイント

およそ考えられるかぎりの表現方法を駆使し、あらゆるジャンルを横断して表現したアンディ・ウォーホル。

言わずと知れたポップアートの先駆者であり、利用しうるすべてのメディアを駆使したマルチクリエイターとして生前から高い評価を受けてきました。

ポップアートとは、大量生産・大量消費社会をテーマとして、身近な題材をアートに取り入れたスタイルを指します。

ウォホール、ポップアートが登場したことによって、アーティストはアトリエにこもって精神性の高いメッセージを作品に込める、という従来のアートに対する固定観念を打ち砕きました。

また日々消費される食料品のパッケージや、スクリーンにあらわれては消えるハリウッドスターの姿は、ウォホールの量産可能なシルクスクリーンで生み出される作品群と重ねてみることもできます。

アートはビジネス、と公言して憚らず、まさに作品を大量生産したウォホールですが、アートの流れを変えた最重要人物であることは否めません。

アンディ・ウォーホルのプロフィール

幼少期

1928年アメリカのペンシルベニア州ピッツバーグに生まれる。

建設労働者の父親と刺繍職人の母親はともにスロバキア人の移民だった。

敬虔なビザンチン・カトリック信者だった両親は貧しく、後にシルクスクリーンのモチーフとなった「キャンベルスープ」がよく食事に出たのだそう。

また8歳のときに神経系疾患で数か月間寝たきりになったとき、母親は彼に絵を教えたことがきっかけでアートの道を志すようになる。

9歳の時にはカメラも与えられ、写真撮影に夢中になり、自ら自宅の地下室を暗室にして現像した。

両親はウォホールの才能を信じ、小学校時代からカーネギー研究所(現:カーネギー美術館)が運営する無料のアートクラスに通わせた。

青年期・学生時代

1942年父親を肝臓の病気で亡くす。

ウォーホルは動揺のあまりに葬式に出席することもできず、ベッドの下に隠れていたほど。

経済事情は厳しかったが父親の遺言によりウォーホルは大学教育を受けることを許された。

「カーネギーメロン大学」でアートデザインを専攻。

創作初期

1949年大学卒業後にNYへ移住。

雑誌ハーパースバザール、ティファニーなどの商業イラストで成功。

ハイカルチャーからアンダーグラウンドまで縦断して活動

商業作家からファインアートへ転向して成功

創作中期

1950年代後半ごろから絵画へ転向

1961年身近にあったキャンベル・スープの缶やドル紙幣をモチーフにした絵画作品を発表。

翌年にはシルクスクリーン作品として再度発表。

大量生産・大量消費社会をテーマとした「ポップアート」のコンセプトを打ち出す。

同時にシルクスクリーン制作を開始したマリリン・モンローをきっかけに、肖像画ビジネスを始める。

当初はウォーホル自身がモデルを選んでいたが、70年代にはNY社交界やハリウッドスターはじめ有名人からの肖像画委託をスタートした。

時期によってさがあるものの、1枚あたり2~3万ドルで引き受けたことが多かったよう。

1964年自身のアトリエ「ファクトリー」をNYにオープン。

絵画のほか、音楽や映像活動に取り組む。

またアートに関わるセレブからドラッグ売人まであらゆる階層の人が集う空間でもあった。

創作後期・現在

1968年にアーティスト兼フェミニスト「ヴァレリージャンソラナス」に銃撃される。

奇跡的に回復したものの、回復後は一生外科用コルセットを着用しなければいけなかった。

ウォーホルのアーティストとしてのピークは終わりを告げることとなったと言われる。

1970年代からは絵画表現以外の方法を模索し、「The Philosophy of Andy Warhol」などの文筆活動や映像制作に取り組む。

サルバドール・ダリはじめファクトリーを訪れたセレブ達をおさめた実験映画「Screen Tests」、眠る男が題材の「Sleep」、キノコを食べる男が題材の「Eat」がよく知られている。

1987年2月21日58歳で死去。

1991年アンディ・ウォーホル美術財団が両親の故国スロバキア共和国「アンディ・ウォーホル現代美術館」を開館

1994年ウォーホルの出身地ピッツバーグに「アンディ・ウォーホル美術館」が開館

アンディ・ウォーホルの代表作

 

「Campbell Soup Cans」

ウォホール初期の代表作でありポップカルチャーのアイコン

32枚のキャンバスに「キャンベル」ブランドのスープ缶の絵が描かれている。

「Marilyn Dyptich」

批評家からも高い支持を受ける名作。

左右に25個のマリリン・モンローの絵が描かれている。

左のカラーの絵は「生」、右側のモノクロの絵は「死」を表現しているとされる。

「Brillo Box」

「Brillo」はアメリカの家庭で使われる食器洗い用スチールウールのブランド。

誰もが知る外箱デザインをモチーフとして木製彫刻におこした。

アンディ・ウォーホルの市場価格・オークション落札情報

「SILVER CAR CRASH」

2013年11月13日 サザビーズ/ニューヨーク

105,445,000米ドル(約105億円)

「Triple Elvis 」

2014年11月12日 クリスティーズ/ニューヨーク

81,925,000米ドル(約3億円) 

「Green Car Crash」

2007年5月16日 クリスティーズ/ニューヨーク

71,720,000米ドル(約2.6億円)※当時の落札価格新記録

アンディ・ウォーホルの作品と出会える場所

東京都現代美術館

「6枚組の自画像 」「マリリン・モンロー(10点組)

東京富士美術館/東京

「ジャック・ニクラウスの肖像」「ドロシー・ハミルの肖像」などのポートレート作品

国立国際美術館(NMAO)/大阪

「グレムリン」「4フィートの花」などのシルクスクリーン作品

いわき市立美術館/福島

「16のジャッキーの肖像」

福岡市美術館

「エルヴィス」

アンディ・ウォーホルのその他トピック

ポップアートの帝王として時代の寵児として君臨してきたアンディ・ウォーホル。

ただし私生活においては「ファクトリー」と呼ばれるドラッグやアルコールの無法地帯だったアトリエ。

そしてシエナ・ミラー演じる映画「ファクトリーガール」のようにモデルや女優、ミュージシャンを次々と使い捨ててきた負の側面もありました。

外見へのコンプレックスが強かったため、常にヘアスタイルやファッションを変え続けたといわれるアンディ・ウォーホル。

美しく才能あふれる若者たちを無情に切り捨ててきた背景には、エゴに満ちた名誉欲と嫉妬が生瀬となった複雑な心理があったのかもしれません。

しかし彼のダークサイドともいえる私生活の闇の部分はさておき、現代アートにおいては偉業を成し遂げてきたことは事実です。

又彼にまつわるスキャンダルは、かえってコレクターたちによるウォーホル熱狂をさらに過熱させ、次々とアートオークションの最高額を塗り替えてきました。

2020年には亡くなる直前に作成した遺作のひとつ「MOONWALK (FELDMAN & SCHELLMANN)」他が出品される予定です。

こちらも大いに値上がりが予想されます。

※現在の史上最高額作品は、レオナルド・ダビンチ「サルバトール・ムンディ 世界の救世主」です。

2017年11月15日のクリスティーズ開催オークションにて4.5億ドル(当時レートで508億円)で落札されました。

サウジアラビアのムハンマド皇太子が所有しているとみられています。

また2020年秋には京都で「アンディ・ウォーホル」の大回顧展が予定されています。

「アンディ・ウォーホル美術館(米国ピッツバーグ)」から貸し出された1950年代の商業イラストレーションや、セレブたちの注文ポートレートなど約200点が展示されます。

開催場所は2020年3月に改修工事が完了した「京セラ美術館」に新しく併設された「東山キューブ」。

2020年4月現在、同館は新型コロナウィルス感染拡大防止のために閉館されています。

会期までにはコロナウイルスの脅威から脱出できていることを祈りましょう。