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大判小判の高額査定理由とは?誰も教えてくれなかった意外な価値

海外からも注目度大!ジャパニーズアンティークコイン「大判」「小判」

大判小判は今や世界が注目するアンティークコイン!

  • 大名や公家たちの間の贈答品として使われた大判
  • 戦国時代から江戸時代まで貨幣として流通していた小判

どちらも私たち日本人にとっては、日本昔話や時代劇でおなじみですね。

現在では人気ゲーム刀剣乱舞で利用するゲーム内通貨として認識している人も多いことでしょう。

この大判小判が国内の骨董マニアはもちろんのこと、海外のアンティークコインコレクターたちからも熱い注目を浴びています。

それもそのはず大判小判には次の二つの価値があります。

  1. まず高い金純度が期待できる貴金属価値
  2. そして数百年前の鎖国時代の日本で流通した古銭という骨董価値

以上2つの大きな魅力を備えています。

価値ある大判小判が海外に流出してしまう前に、レアな大判小判を手に入れておきたいもの。

この記事では今注目の大判小判に関する知識、情報についてお伝えします。

知っておきたい日本の貨幣・コインの歴史

大判小判が登場する前に、銅貨や銀貨が流通していた時代もありました。

古代より日本国内においては、有名な和同開珎以外にも様々な貨幣が作られた歴史があるのです。

ここでは覚えておきたい日本で作られてきた貨幣の歴史についてご紹介します。

日本初の国産貨幣は7世紀に登場

日本では弥生時代にはすでに中国大陸から金工技術が伝わっていたといわれています。

最も古い貨幣として知られるのが銀で作られたドーナツ型の「無文銀銭」です。

とはいえ7世紀以前から利用されていましたが、公的に流通した通貨ではありませんでした。

そして記録に残る日本ではじめて流通・鋳造された(銭文が刻まれた)貨幣が、群馬県藤岡市「上栗須遺跡」や奈良県明日香村「明日香遺跡」で発見された「富本銭(ふほんせん)」です。西暦683年(天武天皇12年)頃作られたと言われています。

この貨幣は「富」「本」の2文字の銭文が刻まれており、私的通貨の域を越えなかった無文銀銭との大きな違いです。

※とはいえ、本当に貨幣として流通したのか、呪い等で用いられたのかは諸説あるようです。

長く日本最古の貨幣と考えられてきた「和同開珎」よりもさらに古く日本書紀にも記されています。

10世紀で途絶える日本のコインの歴史

和同開珎が登場して以来、平安時代までは数種の貨幣が作られたものの貨幣文化は定着しませんでした。

当時の人々は価値が安定している米や塩、絹や麻などの布との交換を好んだのです(銭離れ)。

958年発行の乾元大宝を最後に貨幣の歴史は中断することになります。

その後も中国で発行された貨幣の輸入が継続するものの、自国での貨幣発行は長く途絶えることとなりました。

戦国~江戸時代に復活!大判小判登場!

戦国時代には各大名たちが軍資金を得るために領地内の金山銀山開発に乗り出しました。

優良な金山(佐渡島)・銀山(島根・石見銀山)は豊富な採掘量を誇り、また南蛮貿易によって高度な精錬法が伝えられました。

これらの鉱山から得られる金と銀を使って大判小判が作られるようになったのです。

安土桃山時代には「甲州壱分金」などの小型の金貨、豊臣秀吉が作らせた重さ165gもの世界最大の金貨「天正菱大判(てんしょうひしおおばん)」などが登場しました。

最初は超高額な大判は大名や公家のあいだでのみ使われていました。

庶民の間で流通するようになるのは江戸時代のこと。

徳川家康によって金山銀山の管理や貨幣製造体制を整備されたのちのことです。

1億円超える価値あるアイテムも!歴史に残る大判小判

「大判小判はどれも同じに見える」という人は多いことでしょう。

金の純度が低いとされる小判であっても見た目は黄金色に輝いているからです。

実は大判小判は「色付け」「色揚げ」と呼ばれる加工を施されています。

表面の銀成分だけを溶かす表面処理を行うことで、表面に近いほど純度が高くなっているのです。

しかし査定金額は小判によって大違い!

ここでは特に高値で取引される大判小判をご紹介します。

世界に6枚のみ現存!「天正菱大判金」

天正菱大判

小判の前身ともいえる大判は、基本的に大名公家のあいだで贈答儀礼品として渡された金貨です。

そのため金純度、希少価値の高さは群を抜いており、中でも世界最高額のアンティークコインといわれるのが「天正菱大判金」です。

豊臣秀吉が贈答用に鋳造を命じて発行されたものですが、きわめて発行枚数が少なく特に希少価値が高い大判となっています。

東京国立博物館や貨幣博物館に収蔵された5枚のみが現存すると考えられてきましたが、2015年にスイスのオークションに登場し大きな話題となりました。

開始価格1億円からスタートしたオークションは、1億4300万円で落札されました。 天正菱大判の年号には、天正十六(1588年)、天正十七(1589年)、天正十九(1591年)が確認されています。

最初の小判「駿河墨書小判」

まさにスター級の「天正菱大判金」がきらめく一方、手に入りやすい小判にも高額査定が期待できる「駿河墨書小判(するがすみがきこばん・するがぼくしょこばん)」です。

1595年から流通したとされる最古の小判です。

そのほか80%以上の金純度を誇る「慶長小判」「宝永小判」「正徳小判」「享保小判」「元禄小判」、純度が低いために不評で流通量が少なく稀少価値が高い「天保五両判」がお宝アイテムといえます。

買取サイドからの警告!大判小判の要注意ポイント

作られた年代によって純度が異なる!

残念ながらすべての大判小判が金純度が高いとはかぎりません。

実は江戸時代に9回にわたって大判小判の金純度の改鋳が行われました。

そのため大判小判の金純度は作られた時期によって異なり、56~87%と大きな差があるのです。

改鋳が実施された背景には幕府の財政難もありますが、最大の理由は金鉱脈の枯渇です。

17世紀初頭に国金の産出量は減少し「慶長小判」の純度を保つことが不可能となっていました。

また江戸時代中期の幕府立て直しの「文政」「天保」の改革では、大判小判の純度が著しく下げられています。

1837年につくられた天保五両判、純金量が天保小判の4枚半分しかありません。

金の純度だけで大判小判の価値が決まるわけではありませんが、予備知識として覚えていたいものです。

大判小判は種類によって希少価値が変わる! 

大判小判の価値は金の純度だけでなく希少価値にも大きく左右される点が面白いところです。

純度が低いために価値が低いとみなされて、その殆どが地金に再生されてしまった小判は、希少価値の高さからマニア・コレクターたちの間で争奪戦となっています。

その代表格が「天保五両判」。

幸運な出会いがあれば手に入れておきたい小判です。

大判小判コレクターになるなら知識を十分に身に着けよう

以前から大判小判は金の含有率が高いことから、貴金属としての価値が見込めるうえに骨董的価値も期待できるアイテムでした。

日本が誇る歴史ある金貨、大判小判は単に高い金の含有率にとどまらない多様な価値があります。

日本の戦国史、近世史を彩ってきた大判小判には、歴史好きの方以外にも大きな魅力をかんじることでしょう。

しかしながら精巧なコピーやレプリカが多いことも事実です。

「東京国立博物館」「貨幣博物館」などで本物と触れ合う機会を持つことをおすすめします。

また、リファスタでは大判小判や古銭の買取も行っております。

まずは電話またはメールLINEよりご連絡ください。

金の大判小判の場合、歴史的な価値や希少性などで高値が付く可能性もありますのでご期待下さい。

また随時情報を更新致します。