銀本位制度はなぜ崩壊したのか?

貴金属,相場関連

お金が生まれた経緯

金本位制度は聞いたことがあるが、銀本位制度や金銀複本位制度は、なんとなく想像はつくけど実際どういうものか、そして、なぜ現在では全く聞かなくなったのか理由がわからない方は多いのではありませんか。

今回は、その説明をしていきます。

人類を飛躍的に進化させた火の使用。お金の発明も同様だ

人類の進化において、画期的な発明は「火の使用」だと言われます。

これによって人間は暖を取ることができ、熱帯地域から温暖、寒冷地域にも進出できるようになったと説明されます。

一方で、経済面では「お金」が人類の生活を豊かにするための画期的な発明だったと言われています。

従前は、自分が欲しいものを手に入れるために物々交換を行っていたのですが、いかにも非効率でした。

なぜなら、相手が自分の必要なモノを持っているとは限らず、客観的な価値もわからないので、自分の交換するものと見合っているか否かは誰も評価できないからです。

そこにお金を媒介させることによって、モノの客観的価値を語ることができ、また見合った量を引き取れるようになりました。

仮想通貨など新種のお金が流通していますが、このシステムは現在でも残っています。

お金の第一条件

ミクロネシアのヤップ島の石貨

お金のポイントは、誰にとっても価値があるものではなくてはならないということです。

そこら中にある紙切れや石ころでは、それが価値あるものだと人は認識しないでしょう。

しかし歴史上、当初は実際にそういうものがお金として使われていたことを示す多くの証拠が残っています。

それらが廃れた理由は、そこらへんにあるもので、皆が価値あるものと認識できなかったからだと思います。

金は、金貨に代表されるように誰にとっても価値あるものです。

現代でも、おそらく今後も「金などいらない」と言う人が出てくるとは思えません。

お金には、誰にとっても価値があるものではなくてはならない、という第一条件がつきます。

お金のその他の条件

水戸黄門の印籠も日本銀行券も政府の信用があってこそ

政府の信用で発行している日本銀行券(お札のこと)は、皆が日本政府を信用しているから価値があると認識されている、言わば蜃気楼のようなものです。

日本政府に信用がなくなれば、すぐさま価値がなくなります。

現行のシステムに不安を感じる人がいないから存続しているのです。

この点はお金の進歩と言ってもよいでしょう。

仮想通貨などは実際に存在しないのですから、その進化系と言えます。

ほかにお金の条件として、普遍性や流通性も挙げられます。

貴金属には金のほかに銀や白金、パラジウムなどの4元素がありますが、白金やパラジウムには、現代の経済活動を賄うための「量」を確保することができません。

つまり、お金には向かない貴金属です。

必然的に金と銀がお金になるのは、容易に想像がつくでしょう。

銀貨の登場

産業革命の原動力となった蒸気機関

銀は、イギリスの産業革命以前は金と並び相当希少な金属でした。

ところが産業革命を経て、お金の需要が盛り上がりました。

この辺は学校の授業ではなかなか教えてくれないので、イメージできない方も多数いらっしゃるかと思います。

皆さんはハンドメイドと工場で大量生産された商品、どちらが高いと思いますか?

当然、常識ではハンドメイドと答えるでしょう。

産業革命とは、今までハンドメイド、オンリーだったものが、大量生産によって廉価で販売できるようになったことを指します。

この結果、希少金属である「金」だけでは、お金の需要を満たすことができなくなったのです。

産業革命と世界に冠たる大英帝国

緑地がコモンウェルス構成国

イギリスの帝国主義も日本の学校教育ではあまり教えませんが、現代史にとって非常に重要です。

第一次大戦までイギリスは世界の覇権国家でした。

現在のアメリカとは比べものにならないくらい巨大な帝国です。

日英同盟を日本の学校で大々的に教えるのは、当時の覇権国家であるイギリスと対等な同盟関係を結んだことは、日本にとって非常に名誉だったからです。

中国や東南アジア、アフリカ、インド亜大陸、南米、北米のほとんどがイギリスの植民地だった中にあって、明治日本が世界有数の大国として初めて認められたと言っても過言ではないでしょう。

もちろん、こうしたイギリスの発展は産業革命に由来します。

イギリスの帝国主義が、現在のアメリカの覇権主義やそれ以前のオスマントルコなどと比較して特異なのは、現在でもコモンウェルスとして植民地同盟が残っている点です。

アメリカの覇権主義に対しては特に中東などが反発し対立を生み出していますが、イギリスが植民地化した国々が現在でも宗主国であるイギリスに反発や排除をしていません。

日本の場合は韓国や中国を植民地化しましたが、現在の状況はご存知の通りです。

産業革命がインドにもたらしたことと銀

第一次世界大戦でオスマントルコとの間で行われたクート包囲戦で、捕虜となったイギリス兵の替わりに捕虜となったインド兵

コモンウェルスの中にインドがあります。

インドは英国に利用された国でもあります。

第一次世界大戦のイギリスの派兵のほとんどは、インド軍が利用され、動員数も戦死者数も参戦国最大でした。

ここで、インドがイギリスに強要されて派兵したと思いがちですが、実際は逆です。

植民政府が自ら進んで軍隊を派遣したり、イギリス政府に戦時費用を寄付したりしました。

これは、産業革命によってインドの綿織物業が本国のマンチェスター地域よりも大きく発展してしまったことに起因します。

それによってインドは、地域の大国になったのです。

明治維新以降は日本の紡績業と競いましたが、それ以前のインドはアジア有数の大国でした。

この結果が、第一次大戦への積極的な関与になったのです。

しかし、それまでインド国内では金の流通が盛んだったのですが、産業革命によるお金の需要増によって貨幣が足りなくなりました。

そこでインド商人やインド政府、イギリス政府は積極的に銀貨を使用するようになったのです。

インドルピーを持っていれば、金のみならず銀との交換も保証したことから金銀複本位制度が誕生しました。

インド人が金を好む理由

2016年11月8日の夜に突如発表され、翌9日には通用力を失った500ルピー札と1000ルピー札

最近インドでは、高額紙幣が突然廃止されるといった通貨を巡るトラブルが噴出しています。

これは、歴史的に通貨トラブルが多い結果です。

歴史的に通貨のトラブルが絶えなかった中国やインド、韓国などの地域では、銀ではなく金を好む傾向にあります。

反対にアメリカでは、銀のほうが好まれる傾向にあります。

この結果は、なぜ起こったのかを説明していきます。

前述したように、イギリスの産業革命によって、お金の需要が極端に増加しました。

金だけでは流通が足りなくなり、銀貨も加わったのです。

その金の供給はローデシア(現在の南アフリカ)、銀はメキシコ(当時はイギリスの植民地)でした。

金銀複本位制度の誕生と衰退

世界文化遺産である島根県の石見銀山

17世紀に入ってから、中国で銀や銅の精錬方法として灰吹法が発明されたことにより、画期的に銀や銅の算出が増えました。

その結果、注目を浴びたのが日本の石見銀山になります。

金銀複本位制度とは、金と銀の交換比率を定めたものになりますが、当時の世界有数の金の生産国であるローデンシアがいくら金の生産を増やしたとしても、メキシコや日本の銀供給に追い付かなくなったのです。

インドは当時、増大する貨幣需要に答えるために金のほかに銀も交換保証に加えました。

これで金銀複本位制度が誕生したのです。

金銀複本位制度では、金1に対して最初は銀5の価値とされましたが、日本やメキシコで大量の銀が産出するたびに交換比率が悪くなり、最終的には金1に対して銀20になりました。

日本でも江戸幕府が銀の大量産出に対して、必死に金銀の交換比率を変更しています。

起こったことは自明であり、人々は銀よりも金を欲しがるようになったのです。

つまり銀は石ころのような価値になり、逆に金は希少性がますます高まりました。

金銀複本位ならびに銀本位制度の崩壊

銀は石ころのような価値に…

第二次大戦が終わるころになると、銀はほとんど価値がなくなり、その結果、銀を保有している人は豊かではない生活を強いられるようになりました。

金はインドでは、大量に結婚をするときに使うことによって、世界の金需給を左右するほどの需要になります。

金銀複本位制度が採用されていたインドで金が異常に好まれるのは、こういう理由になります。

逆にアメリカでは、ティファニーの主力製品がいまだに銀であるように、根強い銀人気があるのとは対照的です。

銀本位制度や金銀複本位制度が崩壊した理由は、人々にとっての銀の価値が暴落したことによります。

極端に言えば、銀が大量生産されすぎて石ころのような価値になってしまったことから、金銀複本位制度や銀本位制度は崩壊したのです。

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